本項ではラテン語の文法 (羅: grammatica) について述べる。
概要
ラテン語は、他のすべての古インド・ヨーロッパ語族と同様に、強い屈折を持ち、それゆえに語順が柔軟である。従って、古典ラテン語はインド・ヨーロッパ祖語の形態を保存した古風な言語と言える。名詞には主格、呼格、属格、与格、対格、奪格、所格という最大で7種類の格変化が、動詞には4種類の活用がある。ラテン語は冠詞、類別詞を持たない。例えば、英語における "a girl" と "the girl" の区別はなく、同じ意味の語 "puella" が両方の意味で使われる。 構文は一般的にSOV型であるが、詩歌においてはこれ以外の語順も普通に見られる。ラテン語は前置詞を使用し、通常は修飾する名詞の後に形容詞を置くライト・ブランチング言語 (Right-branching) である。ラテン語はまた、pro脱落言語及び動詞枠付け言語でもある。
語順
ラテン語は強い屈折を持つ言語であるため、語順を柔軟に変えることができる。通常の散文においては主語、間接目的語、直接目的語、修飾語・句、動詞という語順になる傾向があった。従属動詞を含む他の成分、例えば不定詞などは、動詞の前に置かれた。
形容詞および分詞は通常名詞の直後であるが、美しさや大きさ、量、質、真理を表す修飾語は修飾する名詞に先行した。関係節は関係代名詞が示す先行詞の後が普通であった。こういった語順が古典ラテン語の文章語にありふれていた時代でも、しばしば異なった語順が見られた。また、口語での語順がどうであったかを示す決定的な証拠はない。(俗ラテン語も参照)
一方で、詩歌では韻律を守るために語順が変わることがあった。ラテン語では、拍や強勢ではなく、母音の長短(長母音・二重母音と、短母音とでの対立)や子音の結合が韻律を支配した。ローマ世界の詩人が目で読むためでなく、耳で聞くために詩を創作したことを念頭に置く必要がある。なぜなら創作物の多くは聴衆の娯楽のために供されたためである。それ故に語順の変化は韻律のためならず、修辞的な意味もあり、聴衆の理解を妨げないように工夫された。ウェルギリウスの『選集』では次のような例がある。"Omnia vincit amor, et nos cedamus amori!": "Omnia", "amor", "amori"は個々の句の中であまりこない位置に置かれているため、印象が鮮明になっている。なお、この文の韻律はヘクサメトロスと呼ばれるものであり、同じくウェルギリウスが編纂した古代ローマ帝国の国民的叙事詩『アエネイス』でも用いられている。
以下に文例を示す。なお、この例ではローマ人に一般的な名前である"Marcus"が、文中での文法的な役割に応じて末尾が変化している。英語などの場合には語順の変化は文法違反になったり意味が曖昧になったりするが、ラテン語の場合これらの例文の語順は、文法的に完全に正しく、意味も明確である。
- Marcus ferit Corneliam. (主・動・対) 訳:「マルクスがぶった、コルネリアを」
- Marcus Corneliam ferit. (主・対・動) 訳:「マルクスがコルネリアをぶった」
- Cornelia dedit Marco donum. (主・動・与・対) 訳:「コルネリアが贈った、マルクスにプレゼントを」
- Cornelia Marco donum dedit. (主・与・対・動) 訳:「コルネリアがマルクスにプレゼントを贈った」
奪格、地格、副詞、前置詞句についても同様に自由に動かすことができる。
- Sermo vester semper in gratia sale (a vobis) conditus sit. (主・副詞・前置詞句・奪・前置詞句・動)訳:「いつも、塩で味つけられた、やさしい言葉を使いなさい。」
- Ea ecclēsiae cum solīs suīs amicīs sola sua themata loquītur. (主・地・前置詞句・対・動)訳:「彼女は教会では自分の気の合う人達だけと、自分の興味のあることしか話さない。」
名詞節や不定詞でさえも文節を崩さない範囲で自由に語順を並び替えられる。
- qui mendacia loquītur peribit. (主・対・動・動)訳:「偽りをいう者は滅びる。」(英語ではshallで表現)
- Vos quomodo vos unicuique respondere oporteat sciatis (主・接続詞・対・動・動・動)訳:「そうすれば、ひとりびとりに対してどう答えるべきか、わかるであろう。」
動詞
活用の詳細は、活用の節を参照。
ラテン語の動詞は三つの法(直説法、接続法、命令法)と六つの時制(現在、未完了過去、未来、完了、過去完了、未来完了)、二つの態(能動態、受動態)、二つの数(単数、複数)、三つの人称(一人称、二人称、三人称)に応じて活用する。他に、準動詞として不定詞、分詞、動名詞、動形容詞がある。これらはすべて、動詞の4基本形に基いて作られる。
ラテン語の殆どの動詞は規則動詞である。規則動詞には第1変化動詞(-āre)、第2変化動詞(-ēre)、第3変化動詞(-ere)、第4変化動詞(-īre)の四つに識別される。
時制(羅: tempus)
- 現在(羅: praesens)
- 発話の時点で起きている事象を表す。
- Servus vīnum ad villam portat.
- 奴隷はワインを館へ運ぶ。
- 未完了過去(羅: imperfectum)
- 過去に継続して起きていた事象を表す。
- Servus vīnum ad villam portābat.
- 奴隷はワインを館へ運んでいた。
- 未来(羅: futurum simplex)
- 未来に起きる事象を表す。
- Servus vīnum ad villam portābit.
- 奴隷はワインを館へ運ぶつもりだ。
- 完了(羅: perfectum)
- 過去に起きた事象、あるいは現時点で完了した事象を表す。
- Servus vīnum ad villam portāvit.
- 奴隷はワインを館へ運んだ。
- 過去完了(羅: plusquamperfectum)
- 過ぎ去った過去の時点で完了した事象を表す。
- Servus vīnum ad villam portāverat.
- 奴隷はワインを館へ運び終えていた。
- 未来完了(羅: futurum exactum)
- 未来のある時点で完了した事象を表す。
- Servus vīnum ad villam portāverit.
- 奴隷はワインを館へ運び終えているだろう。
法(羅: modus)
- 直説法(羅: indicativus)
- 事実について述べる場合に用いられる。
- Servus vīnum ad villam portat.
- 奴隷はワインを館へ運ぶ。
- 接続法(羅: coniunctivus)
- 可能性や意思、事実に反する仮定などの表現に用いられる。
- Servus vīnum ad villam portet.
- 奴隷はワインを館へ運ぶかもしれない。
- 従属節における動詞に用いられることがある。
- Sperābāmus ut servus vinum ad villam portāret.
- 奴隷がワインを館へ運ぶことを、我々は望んだ。
- 命令法(羅: imperativus)
- 命令文で用いられる。
- "Portā vīnum ad villam!"
- 「ワインを館へ運べ!」
態(羅: genus)
- 能動態(羅: activum)
- 動詞が主語に示されるものの動作を表す。
- Servus vīnum ad villam portat.
- 奴隷はワインを館へ運ぶ。
- 受動態(羅: passivum)
- 動詞が主語に示されるものに対する動作を表す。
- Vīnum ad villam ā servō portātur.
- ワインは館へ奴隷によって運ばれる。
動詞の4基本形
ラテン語の動詞の活用は、次の4つの基本形から形成される。
- 現在・直説法・能動態・単数・一人称
- 現在・不定法・能動態
- 完了・直説法・能動態・単数・一人称
- スピーヌム(目的分詞)あるいは完了受動分詞
たとえば「amō(愛する)」を例にとると、この4つはそれぞれ、
- amō (私は愛する)
- amāre (愛すること)
- amāvī (私は愛した)
- amātum (愛するために)あるいはamātus (愛された(こと))
となる。
辞書ではこの最初の形を見出し語とし、他の3つを併記するのが慣例となっている。2番目の形は不定詞として用いられる形であるが、現代の欧州諸語と異なり見出し語とはしない。 上記「愛する」を例にとると、辞書の見出し語は amo であって、その後に省略した形を添え、amo, -are, -avi, -atum のように記載するのが通例である。
一方、現代語の語源辞典や、各種読み物の中で軽く語源にふれるような場合には、ラテン語の動詞をひくときに上記2番目(amare)の形を用いることも多い。 とりわけイタリア語、フランス語、スペイン語などラテン語の血を引く現代語(ロマンス諸語)においては、辞書の見出しなどにももっぱら不定法の形(「愛する」の同系語を例にとれば、イタリア語: amare、フランス語: aimer、スペイン語: amar)を用いるようになっているので、ラテン語を含めた各言語の不定形どうしを対照することは一般的である。
活用 (羅: coniugatio)
活用の概要
- 語基
- 動詞には、未完了系列と完了系列との2種類の語基がある。
- 語基には人称形、と、非人称形の語尾が付く。
- 語幹
- 一部の不規則活用を除くと、5種類ある。大きくわけて語幹に長母音を持つ3タイプと短母音を持つ2タイプに分けられる。
- 長母音
-
- āによる第一活用
- ēによる第二活用
- īによる第四活用
- 短母音
-
- iによる混合第三活用(i幹動詞)
- eによる混合第三活用(子音幹動詞)
- 完了系列
- 完了系列の語基は語幹が変化してできる。変化には弱変化と強変化がある。
- 弱変化
-
- 長母音に対して、接尾辞-v(u)-を付加する。
- 子音に対して、接尾辞-s-を加する。
- 強変化
-
- 重音によるもの mordeō/momordī
- 音量交替によるもの legō/lēgī
- 音量も音色も交替するもの faciō/fēcī
- 時制
- 現在形は無標。他の時制は、語幹と人称語尾の間に接尾辞を挿入する。
- 詳細略
- 非人称形
-
- 不定法
- 能動態 -se/-re
- 受動態 -ī/-rī
- 分詞(形容詞型活用)
- 能動態 現在分詞 -(ē)ns/-(e)ntis
- 能動態 未来分詞 -tūrus/-tūra/-tūrum
- 受動態 完了分詞 -tus/-ta/-tum
- 動形容詞(形容詞型活用)
- -ndus/-nda/-nda
- スピーヌム(名詞型活用)
- 対格:-tum、奪格:-tū、与格:-tuī(古拙期のみ)
- 動名詞(名詞型活用)
- 対格:-ndus, 属格:-ndī, 奪格:-ndō
- 不定法の屈折形として用いられる。
- 人称形
- 以下の表による。
- 未完了形は以下の表による。
- 完了形、能動態直接法のみ下表で、他は、完了分詞 esse で表す。
- 参考文献
- ジャクリーヌ・ダンジェル 著、遠山一郎 、高田大介 訳「第3章 アルスグラマティカ」『ラテン語の歴史』白水社〈文庫クセジュ〉、2001年9月(原著1995年)。ISBN 978-4-560-05843-5。
第一活用
不定形が-areという語尾をとる動詞は、第一活用という型の規則的な変化をする。ここでは、「愛する」という意味のamo, amavi, amatum, amareを使って、活用語尾の具体例を示す。
不定詞 (infinitivus) ・分詞 (participium)
表に示したのは男性である。女性・中性については、次のような異同がある。
- 女性
- 不定詞において、-atum (amatum)は-atam (amatam)になる。
- 分詞においては、-anturus (amanturus)は-antura (amantura)に、-antus (amantus)は-a (amanta)に、-andus (amandus)は-anda (amanda)になる。
- 中性
- 不定詞では、男性と同じ形をとる。
- 分詞においては、-anturus (amanturus)は-anturum (amanturum)に、-antus (amantus)は-antum (amantum)に、-andus (amandus)は-andum (amandum)になる。
現在 (praesens) ・完了 (perfectum)
表に示したのは男性である。女性の場合、-atus (amatus)は-ata (amata)に、-ati (amati)は-atae (amatae)に、また、中性の場合、-atus (amatus)は-atum (amatum)に、-ati (amati)は-ata (amata)になる。
未完了 (imperfectum) ・過去完了 (plusquamperfectum)
未完了時制と、その完了である過去完了時制においては、命令法を全く欠いている。おそらく、過ぎ去ったことに命令しても無意味だからであろう。
表に示したのは男性である。女性の場合、-atus (amatus)は-ata (amata)に、-ati (amati)は-atae (amatae)に、また、中性の場合、-atus (amatus)は-atum (amatum)に、-ati (amati)は-ata (amata)になる。
未来 (futurum) ・前未来 (futurum praeteritum)
未来時制と、その完了である前未来時制では、接続法を全く欠いている。これは、そもそも接続法という叙法が「想定されたことがら」を話すための叙法であるため、わざわざ重ねて未来時制を用いる必要がないからであろう。
表に示したのは男性である。女性の場合、-atus (amatus)は-ata (amata)に、-ati (amati)は-atae (amatae)に、また、中性の場合、-atus (amatus)は-atum (amatum)に、-ati (amati)は-ata (amata)になる。
限定詞と人称代名詞
ラテン語には不定冠詞や定冠詞(the, a, an)が存在しないが、「弱い指示語」のis, ea, id(英語のthis, thatに相当)を定冠詞の代わりに使うことがある。
- Persuāsīt populō ut eā pecūniā classis aedificārētur (Nepos)
- 「彼は、そのお金で船を作るべきだとして人々を説得した」(eā pecūniāは英語のby that moneyの意味だが、eāが定冠詞のように使われている)
ラテン語には指示語が存在する。hic, haec, hoc(近称「これ、この」。英語のthis。順に男性・女性・中性に対応する)、ille, illa, illud(遠称「あれ、あの」。英語のthat)、iste, ista, istud(中称「それ、その」。英語では"that one of yours")、直上のis, ea, id(「弱い指示語」。彼・彼女・それ)などである。
これらは、英語のthis, thatのように、指示語(形容詞的に)としても、代名詞(「これ、あれ...」)としても機能する。
- Hic homō sānus nōn est (Plautus)
- 「この男は健全ではない」
- Hic, putō, sānus erat (Martial)
- 「これ(=この男)は、私が思うに、健全だった」
人称代名詞も三つの人称のそれぞれに対応して存在する。人称代名詞は1人称・2人称にもあり、単数・複数がある。例:egō, nōs(私、私たち。1人称の単数・複数)、tū, vōs(あなた、あなたたち。2人称の単数・複数)。3人称はis, ea, id(英語のhe, she, itに相当)である。3人称の代名詞のみが性の変化を伴うのは、多くのロマンス諸語や英語と同様である。ラテン語では動詞の主語は動詞の活用に含まれているため、人称代名詞を文の主語として言うことは稀である。
限定詞には、所有形容詞や所有代名詞、基数詞や序数詞、数量詞、疑問詞などもある。
比較の表現
形容詞は英語と同じく、原級・比較級・最上級がある。最上級の形容詞は名詞の第1・第2格変化に、比較級は第3格変化にそれぞれ倣って格変化する。
文章中で、比較の対象は次の3つの方法で表される。
- quamを用いる(英語のthan)。比較したい双方の語の文法上の格を一致させる。
- 一部分を全体に対して比較するときは、属格(「部分の属格」)を用いる。
- 奪格(「比較の奪格」)を用いる。
例:
- Cornēlia est fortis puella「コルネリアは勇敢な少女だ」
- Cornēlia est fortior puella quam Flāvia「コルネリアはフラヴィアよりも勇敢な少女だ」(quamを使用。Cornēliaが主格なのでFlāviaも主格になる)
- Cornēlia est fortior Flāviā「コルネリアはフラヴィアよりも勇敢だ」(Flāviāは奪格で表現されている)
- Cornēlia est fortior puellārum「コルネリアは少女たちに比べて勇敢だ」(比較対象が集団なので、部分の属格が用いられている)
- Cornēlia est fortior puella「コルネリアはどちらかというと勇敢な少女だ」(比較対象はない)
- Cornēlia est fortissima puella omnium/inter omnēs/ex omnibus「コルネリアはその全員のうちで最も勇敢な少女だ」(omniumは部分の属格。inter omnēsは「全員のうちで」。ex omnibus「全員から見て」)
名詞
文法上の性
名詞には男性・女性・中性の3つの文法上の性がある。代名詞・形容詞は、以下のように、名詞の性に一致した語形変化をする。
- ipse rēx 「王自身が」(男性名詞)
- ipsa puella 「その少女自身が」(女性名詞)
- ipsum bellum 「その戦争自体が」(中性名詞)
- (「それ自身、それ自体」を意味するipse, ipsa, ipsumは名詞の性に応じて語形変化をしている)
性は単語の意味する内容に沿って決められていることが多い(例えば、風は男性名詞、木の名前は女性名詞、など)。
- 男性名詞(masculine nouns)は男性(男の人、男子)を表す全ての名詞を含む。例:dominus「主人」、puer「少年」、deus「神」「男神」。また、非生物を表す名詞もある。例:hortus「庭」、exercitus「軍隊」、mōs「習慣」。第2格変化のうち、-us, -erで終わるものは通常、男性名詞である。
- 女性名詞(feminine nouns)は女性(女の人、女子)を表す全ての名詞を含む。例:puella「少女」、mulier「女性」、dea「女神」。また、非生物や抽象的な事物を表す名詞もある。例:arbor「木」、urbs「町」、hūmānitās「親切」、nātiō「民族」。puellaのように-aで終わる第1格変化の名詞は通常、女性名詞である。例外としては、poēta「詩人」(男性名詞)がある。第3格変化のうち、-tāsと-tiōで終わるものは女性名詞である。
- 中性名詞(neuter nouns)は物・事物(非生物)を表す。例:nōmen「名前」、corpus「体」、bellum「戦争」、venēnum「毒」。例外はscortum「街娼(男女とも)」。
男性名詞と女性名詞は、単数形の直接目的語(対格)になるときは、語尾が-mとなり(例:puellam, puerum, rēgem)、複数形の直接目的語になるときは、語尾が-sとなる(例:puellās, puerōs, rēgēs)。
中性名詞には、男性名詞・女性名詞と異なる次の二点の特徴がある。(1)複数形は-aで終わる。例:bella「戦争」、corpora「体」。(2)主語(主格)と直接目的語(対格)は同形になる。
格の語尾と表示順序
ラテン語の名詞には単数・複数の2つの数があり、それぞれが「格」(英case、独Kasus、ラテン語:casus)と呼ばれる異なる語尾の形をとって変化する。 ラテン語には主格・属格・与格・対格・奪格・呼格・地格という7つの格がある(下の表の「Wheelock式」の表示順序)。 格にはそれぞれに異なる機能と意味がある。
文法書などでの格の表示順序は国によって違いが見られる。イギリスなどの国では、主格・呼格・対格・属格・与格・奪格となる(下の表でBrの欄)。アメリカでは、Gildersleeve and Lodgeの文法書(1895、GL)に従う伝統的な順序では、属格が2番目となり、奪格が最後に置かれ、主格・属格・与格・対格・呼格・奪格となる(下の表でGLの欄)。これよりも広く通用しているのがWheelockの文法書(1956年初版、2011年第7版、Wh)に従う順序で、GLのうち、最後の呼格と奪格の順序が逆になる(下の表でWhの欄)。 日本で定着しているのがこの最後のWheelock式である。下の表で他の2つに切り替えるには、GLとBrの菱形マーク(上下三角マーク)をクリックすると順序が変わる。
以上の6つの格の他に、第7の格として地格(locative)があり、町の名前や小さな島の名前、domus(「家」)などの単語で用いられる。「場所」を表す格である。例:Rōmae「ローマで」、domī「家で」。ただし、この格を持つ名詞はごく一部に限られる。
上の表から分かるように、-ēs(複数主格と対格)や-ibus(複数与格と奪格)のような語尾は複数の格にまたがって共通の語尾となっている。ラテン語では、単語の機能が語尾で決まるため(英語のように語順ではなく)、rēgēs dūcuntと言えば、「王たちが導く」の意味にも、「彼らが王たちを導く」の意味にも読めることになる。ただし、実際の用例では、-ēsの語尾が主格か対格かは文脈から明らかであり、こうした意味の取り違えが起きることは稀である。
格変化
ラテン語の7つの格は別々の形に変化する。これを格変化 (declension)と呼ぶ。 概観のため、例として、女性名詞のpuella(「少女」)、男性名詞のdominus(「主人」)、中性名詞のbellum(「戦争」)、中性名詞のcorpusの(「体」)の格変化を以下の表に示す。
格変化にはタイプがあり、上の4つは典型的な格変化タイプを代表するものである。すなわち、puellaは第1格変化、dominusとbellumは第2格変化、corpusと(前節の表の)rexは第3格変化であり、ラテン語の名詞の大部分はこの3つのどれかに属する。 この他に、第4格変化(manus「手」)、第5格変化(diēs「日にち」)があるが、この2つに属する名詞はごく少数である。 代名詞にはそれぞれに特殊な格変化があり、例えば、上の表の名詞とは違い、単数属格で-īus、与格で-īの語尾になったりすることがある。
形容詞や代名詞には、名詞とは異なる不規則の格変化をするものもある。例えば、第3格変化の形容詞は単数奪格で-eではなく-īとなる。例えば、ingentī clāmōre(「大声で叫びながら」)は、同じ奪格ながら形容詞のingentīと名詞のclāmōreでは語尾が異なっている。第2格変化の形容詞には、単数属格が-īus、与格が-īとなるものがある。例:sōlus「一人で」、tōtus「全体の」。すると、tōtīus orbis(「世界全体の」)のように、同じ属格ながら形容詞のtōtīusと名詞のorbisでは異なる語尾となる。
格の用法
- ※この項では抜粋のみを簡略に示す。
主格
主格は能動態・受動態の文の主語を表す。コピュラ動詞(英語のbe動詞に相当、「AはBである」)の述語(「B」)も主格で表す。
- respondit rēx 「王は返答した」(能動態の主語)
- occīsus est rēx 「王は殺された」(受動態の主語)
- rēx erat Aenēās nōbīs 「私たちの王はアエネアスだった」(主語)
- rēx erat Aenēās nōbīs 「私たちの王はアエネアスだった」(コピュラ動詞の述語)
- rēx factus est 「彼は王に選ばれた」「彼は王になった」(コピュラ動詞の述語)
属格
属格は所有を表す。
- rēgis fīlia 「王の娘」
与格
与格は他動詞の間接目的語、「~へ」「~のために」(英to, for)などを表す。
- rēgī nūntiātum est 「それは王に知らされた」
- pāruit rēgī 「彼は王に従順だった」「彼は王に従った」
- pecūniam rēgī crēdidit 「彼は金銭を王に委ねた」
対格
対格は他動詞の直接目的語を表す。
- rēgem petiērunt 「彼らは王に物乞いをした」
場所の名詞では、動作が向かう方向を表す。
- Rōmam profectus est 「彼はローマへと旅立った」
対格支配の様々な前置詞とともに用いられる(動作の方向を表すことが多い)。
- senātus ad rēgem lēgātōs mīsit 「元老院は大使を王の元へ派遣した」
- cōnsul in urbem rediit 「コンスルは町へ帰還した」
時間や距離の長さを表す。
- rēgnāvit annōs quīnque 「彼は5年間、支配した」
- quīnque pedēs longus 「5フィートの背の高さ」
奪格
奪格を単独で用いると、「手段・道具」を表す。
- rēgibus exāctīs 「追放された王とともに」(=王が追放された後で)
- gladiō sē transfīgit 「彼は剣で自害した」
奪格支配の前置詞とともに用いる。「~から」「~とともに」「~の中で」など。
- ūnus ē rēgibus 「王たちのうちの一人」
- cum rēgibus 「王たちと一緒に」
- ā rēgibus 「王たちから」
- prō rēge 「王のために」
時間・場所を表す。
- eō tempore 「当時」「そのとき」
- hōc locō 「この場所で」
- paucīs diēbus 「数日のうちに」「数日経ったら」
奪格単独で、場所の名詞とともに用いられて「~から」(起点)を表す。
- Rōmā profectus est 「彼はローマから旅立った」
- locō ille mōtus est 「彼は職から異動させられた」
呼格
呼格は人への呼びかけを表す。
- iubēsne mē, rēx, foedus ferīre? 「王よ、貴方は和平を結ぶよう私に命じますか?」
地格
地格は稀にしか使用されない格で、町や小さな島の固有名詞、その他の僅かな単語で使用されるのみである。意味は場所を表す。例:domus「家」。
- cōnsul alter Rōmae mānsit 「二人のコンスルのうちの一人はローマに留まった」
- multōs annōs nostrae domī vīxit 「彼は長年、私たちの家に住んだ」
形容詞・代名詞の格の一致
形容詞の格は必ず名詞に一致させる。同様に、性と数も一致させる。下の例文では、名詞のrēxが呼格なので、それを修飾するbonus(「良い」)も呼格にしなければならない。
- ō bone rēx 「おお、良き王よ!」
同じく、代名詞も性・数・格を名詞に一致させる。下の例文では、代名詞のhic(「これ」)が男性形であり、男性名詞のamor(「愛」)に一致している。haec(「これ」)の方は女性形であり、女性名詞のpatria(「祖国」)に一致している。
- hic amor, haec patria est 「これが私の愛であり、これが私の祖国である」
前置詞
ラテン語の前置詞は、後に来る名詞の格を限定(支配)する(大半は対格・奪格で、稀に属格もある)。例えば、前置詞ex(~の外へ)の後に来る名詞は奪格でなければならない。また、意味によって異なる格を支配する前置詞もある。例えば、inは、対格支配の場合は、外から中への動的な動きを表し(「~の中へ」、英語のintoに近い)、奪格支配の場合は、静的な場所を表し、単に中にいることだけを意味する(「~の中で」、英語のin/on/insideに近い)。このような前置詞としては、他にsubがある(対格では「~の下へ」、奪格では「~の下で」)。
- in urbem「町の中へ」(対格)
- in urbe「町の中で」(奪格)
その他の大半の前置詞は一つの格のみを支配する。例えば、由来の「~から」、手段の「~を用いて」、同伴の「~と一緒に」などの意味は全て、奪格によって表現される。
- ex urbe「町から外へ」
- ab urbe「町から離れて」
- cum Caesare「カエサルと一緒に」
その他の前置詞は対格を支配する。
- extrā urbem「町の外で」
- ad urbem「町へ向かって」「町の近くで」
- per urbem「町を通って」
- circum urbem「町の周りで」
ラテン語の前置詞には、現在の英単語の接頭語としてよく見かけるものが多いが、これは、ラテン語では、前置詞を単語の一部に使った複合語が多く、それが英語に受け継がれたためである。
※下の前置詞リストで、格ごとにまとめるには、「支配する格」をクリックする。
接続詞
ラテン語の接続詞は、性・数・格・人称・時制のいずれによっても変化しない不変化の品詞である。
et(そして)、aut(または)、neque(~もない)、"sed, autem, vērum, vērō, at, atquī"(しかし)、"nam, namque, enim, etenim"(なぜなら)、igitur(だから)、sī(もし)、nisi(~でなければ)、ac sī(あたかも)、quamquam(たとえ~でも)、postquam(~したあとで)、ut(~するために)、nē(~しないために)、quia(なぜならば)などがある。
その他、複合的な接続詞を加えると、"et, -que, atque, ac"(そして)、"et...et, et...-que (atque), -que...et, -que... -que"(~も~も)、"etiam, quoque, neque nōn (necnōn), quīn etiam, itidem (item)"(~もまた)、"cum...tum, tum...tum"(~も~も)、"quā...quā"(一方で~他方で~)、"aut...aut, vel...vel (-ve)"(~もしくは~)、"sīve (seu)...sīve"(~であるか~であるか)、"nec (neque)...nec (neque), neque...nec, nec...neque"(~も~もない)、"tamen, attamen, sed tamen, vērum tamen"(それでも)、nihilōminus(~にもかかわらず)、cēterum(他方で)、"quāpropter, quārē, quamobrem, quōcircā, unde, ergō, igitur, itaque, ideō, idcircō, proinde"(だから)などがある。
副詞
副詞は動詞・形容詞、他の副詞を修飾し、時間・場所・様態・方法などを表す。ラテン語の副詞は格変化はなく、無変化である。形容詞と同じく、副詞にも原級・比較級・最上級がある。
副詞の原級を作るには、形容詞に副詞の接尾辞(-ē, -er, -ter, -tus, -ō, -umなど)を付ける。例えば、形容詞clārus, -a, -um(「明るい」)からは副詞clārē(「明るく」「明らかに」)が得られる。第3格変化の形容詞から副詞を作るには、接尾辞-(i)terを付ける。例:形容詞celer(「速い」)から副詞celeriter(「速く」)を得る。
副詞の比較級は、形容詞の比較級から、中性単数主格の形(通常、-ius)をそのまま用いる。例えば、形容詞のclārior(男性単数主格。「より明るい」)は、中性単数主格のclāriusがそのまま副詞となる(「より明るく」)。
副詞の最上級は形容詞の最上級から得られ、語尾が必ず長母音の-ēになる。例えば、形容詞のclārissimus(男性単数主格。「最も明るい」「とても明るい」)では、副詞はclārissimēとなる(「最も明るく」「とても明るく」)。
数詞
数詞(基数詞、cardinal numerals)では、1・2・3のみ、男性・女性・中性の性と格変化がある。格変化は通常の形容詞と同じになる。
- ūnus, ūna, ūnum (1)
- duo, duae, duo (2)
- trēs, trēs, tria (3)
ūnus(「1」)は第1・第2格変化だが、単数属格では-īus、単数与格では-īとなるのが普通である(全ての性で)。duo(「2」)は不規則な格変化になるが、trēs, tria(「3」)は規則的な第3格変化である(語幹はtr-)。
quattuor(「4」)からdecem(「10」)までは格変化しない。
- quattuor (4)
- quīnque (5)
- sex (6)
- septem (7)
- octō (8)
- novem (9)
- decem (10)
10の倍数(20,30,40...)も格変化しない。
- vīgintī (20)
- trīgintā (30)
- quadrāgintā (40)
- quīnquāgintā (50)
- sexāgintā (60)
- septuāgintā (70)
- octōgintā (80)
- nōnāgintā (90)
11から17までは、1の位の数に-decim(「10」)に付けて作る。11から順に、ūndecim, duodecim, tredecim, quattuordecim, quīndecim, sēdecim, septendecimとなる。
18と19は、20からの引き算(2と1を引く)で作る。すなわち、duodēvīgintī(18)とūndēvīgintī(19)となる(文字通りには「20引く2」「20引く1」)。
21から27までは、1の位を20に対して前置・後置のどちらでも可能である。前置の場合は、接続詞のetが必須になる(1の位を後置する場合は省略も可能)。例えば、21:vīgintī ūnus または ūnus et vīgintī(文字通りには「1と20」)、22:vīgintī duo または duo et vīgintī(文字通りには「2と20」)。28と29は10台と同じく引き算で作る。28:duodētrīgintā(「30引く2」)、29:ūndētrīgintā(「30引く1」)。これ以降の二けたの数字は20台と同じ要領で作るが、98と99は100からの引き算(*duodēcentum、*ūndēcentum。*は仮想上の単語を表す)ではなく、90と1の位の加算で作る(98:nōnāgintā octō、99:nōnāgintā novem)。
数詞は、1の位が1・2・3になるときのみ、格変化する。
- vīgintī merulās vīdī「私は20羽のクロウタドリを見た」
- vīgintī duās merulās vīdī「私は22羽のクロウタドリを見た」(1の位の2のduāsがmerulāsに一致して複数対格に格変化した形。10の位のvīgintīはどちらの文でも不変化である)
100台の数詞は次の通り。100以外は格変化をする。
- centum (100、不変化)
- ducentī, -ae, -a (200)
- trecentī, -ae, -a (300)
- quadringentī, -ae, -a (400)
- quīngentī, -ae, -a (500)
- sēscentī, -ae, -a (600)
- septingentī, -ae, -a (700)
- octingentī, -ae, -a (800)
- nōngentī, -ae, -a (900)
1000はmilleで、不変化の形容詞だが、2000はduo mīliaとなる。mīliaは複数主格(対格も同形)の中性名詞で、この後に続く名詞は属格(「部分の属格」)に格変化させる。
- mīlle leōnēs vīdī「私は1000匹のライオンを見た」(leōnēsは複数対格。milleは無変化の形容詞)
- tria mīlia leōnum vīdī「私は3000匹のライオンを見た」(mīliaは複数対格の中性名詞。leōnumが複数属格となっている。文字通りには「ライオンたちの3000」)
序数詞(ordinal numerals, 第1・第2・第3...)は全て形容詞で、規則的な第1・第2格変化である。大半の序数詞は基数詞の語幹から作られる。
- trīcēsimus, -a, -um(「第30の、30番目の」):基数詞 trīgintā (30)から
- sēscentēsimus, -a, -um nōnus, -a, -um(「609番目の」):sēscentī novem (609)から
ただし、「第1の」はprīmus, -a, -umとなり、「第2の」はsecundus, -a, -umとなる(文字通りには「後に続いて」<英follow>の意味で、「後に続く」の動詞sequiから派生した語)。
※以下の節は移転先のラテン語の格変化で編集が継続されています。詳細はそちらを参照のこと。'’
※以下の節はwikibooks:ja:ラテン語の文法にも移植されています。ラテン語の文法に関して、より学習者寄りのコンテンツを見たい場合はそちらも参照のこと。
格変化 (declinatio)
名詞の格変化 (declinatio)
ラテン語の名詞は、数 (numerus) ・格 (casus) によって語の形を変える。これをdeclinatioという。日本語では、格変化と呼ばれる。数には、単数 (singularis) と複数 (pluralis) がある。古典ギリシア語のような双数はない。格には、主格 (nominativus) 、呼格(vocativus) 、属格 (genitivus) 、与格 (dativus) 、対格(accusativus) 、奪格 (ablativus) 、地格 (locativus) の七つがあるが、呼格は大体において主格と同形であり、また、地格についてはこの格を持っている語自体が稀である。従って、通常の名詞については、五つの格を覚えればよいということになる。つまり、通常一つの名詞につき、2*5=10の形を覚える必要がある。
しかし、ラテン語では、格変化はおおよそ規則的であり、パターン化されている。大概、典型的なものについて十個の形を覚えておけば、他の名詞については、単数主格と単数属格の形が分かれば、他の形は類推できる。このため、辞書には単数主格と単数属格の形しか出ていない。単語を書く際には、この二つの形を並べて書く(こうすることで、名詞であることも明らかになる)。
なお、名詞には必ず性があり、これを覚えておかないと、形容詞を正しく変化させることができないから(数・格のみならず、性をも一致させる必要があるため。これを性数格の一致という)、これも覚える必要がある。性には、男性(masculinum)・女性(femininum)・中性(neutrum)がある。中性は、イタリア語やフランス語などでは消失してしまったが、ドイツ語には現在でもある。
A型格変化
一つ目の型は、A型の格変化である。これは、属格単数形が-aeとなるものである。属格複数形が-arumという形をとることに着目して、A型の格変化(独:a-Deklination)と呼ばれる。第一格変化・第一種転尾とも呼ばれる。これには、幾つかのパターンがある。ラテン語式に関していえば、A型の格変化には、一つのパターンしかない。このパターンでは、単数主格と単数属格が、「-a, -ae」となる。その例外のパターンは、ギリシア語式のもので、ギリシア語から来た名詞については、これに従うものがある。いずれにせよ、複数の格変化は同じである。
-a, -ae
第一のパターンは、単数主格で-a、単数属格で-aeとなるものである。以下は、「女性」を意味する「femina, feminae」の格変化である。
呼格は、主格と同形である。地格は、与格と同形である。
- このパターンの格変化をする中性名詞
-ās, -ae
ギリシア語式のパターンの一つ目は、主格単数が-ās、属格単数が-aeとなるものである。男性名詞となる。以下は、「Aeneas, Aeneas」(アエネーアース、希:Αινειας(アイネイアス)、人名)の格変化である。
呼格は、-ā、つまり奪格と同形となる。この場合はAenea。
-ēs, -ae
ギリシア語式のパターンの二つ目は、主格単数が-ēs、属格単数が-aeとなるものである。男性名詞となる。以下は、「pyrites, pyritae」(火打石、希:πυριτης)の格変化である。
呼格は、-ē (pyrite)または-a (pyrita)(短音)となる。つまり、奪格と同じ形である。
-e(長音), -ēs(長音)
ギリシア語式のパターンの三つ目は、主格単数が-e(長音)、属格単数が-es(長音)となるものである。前二者が男性名詞だったのに対して、女性名詞となる。もはや単数属格は-aeの形をしていないが、複数属格はなお-arumという形をとるので、A型の格変化に含める。以下は、「epitome, epitomes」(要旨、希:επιτομη)の格変化である。
呼格は、-e (epitome)(長音)となる。つまり、奪格と同形である(この場合、主格とも同形となる)。
O型格変化
二つ目の型は、O型の格変化である。これは、属格単数形が-iとなるものである。属格複数形が-orumという形をとることに着目して、O型の格変化と呼ばれる。第二格変化とも呼ばれる。O型の格変化には、幾つかのパターンがある。
-us, -i
一つ目のパターンは、単数主格で-usとなるものである。「馬」を意味する「equus, equi」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、複数においては、主格と同形である。単数においては、-e (eque)という、主格と異なる形をとる。
-um, -i
二つ目のパターンは、単数主格で-umとなるものである。「プレゼント」を意味する「donum, doni」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする男性名詞
- このパターンの格変化をする女性名詞
-, -i(語幹変化なし)
単数主格で語幹のみとなるパターンには、二通りある。このうち、語幹の変化のないものの格変化を、ここで示しておく。「少年」を意味する「puer, pueri」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする女性名詞
- このパターンの格変化をする中性名詞
-, -i(語幹変化あり)
単数主格で語幹のみとなるパターンの2つ目は、語幹の変化を伴うものである。これは、単数主格以外では、語幹のeが約まって脱落する。「本」を意味する「liber, libri」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする女性名詞
- このパターンの各変化をする中性名詞
I型格変化
三つ目の型は、I型の格変化である。属格複数形が-iumとなることに着目して、こう呼ばれる。属格単数形では、-isという形になるが、これは、I型のみならず、子音型でもそうである。次の節で述べる子音型格変化と共通の語尾を持つことから、あわせて第三格変化と呼ばれることもある。I型の格変化にも、幾つかのパターンがある。
-is, -is
一つ目のパターンは、単数主格で-isとなるものである。このパターンには、単数対格が-im、単数奪格が-īとなるものと、単数対格が-em、単数奪格が-eとなるものの二種類がある。前者のみを真正のI型格変化とし、後者については混合型という全く別の格変化(独:gemischte Deklination)として扱うものもある。しかし、これらは、辞書の形を見ただけでは区別することはできない。しかも、混合型の名詞でも、I型の単数奪格形を許容するものもある。したがって、ここでは区別しないことにする。その代り、I型か混合型かなどの註記を単語に附しておく。それでは、「塔」を意味する「turris, turris」(I型)、「敵」を意味する「hostis, hostis」(混合型)を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの各変化をする中性名詞
-es, -is
二つ目のパターンは、単数主格で-esとなるものである。「狐」を意味する「vulpes, vulpis」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする男性名詞
- このパターンの各変化をする中性名詞
-s, -is
三つ目のパターンは、単数主格でsがつくものである。このパターンには、語幹は変化しないが、語幹の末尾の子音とsが融合するため、語幹が変化しているように見えるものが多い。具体的には、
- c s=x
- g s=x
- t s=s
- d s=s
となる。それでは、「木の葉」を意味する「frons, frondis」と「額」を意味する「frons, frontis」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの各変化をする中性名詞
-, -is(語幹変化あり)
四つ目のパターンは、単数主格で語幹のみとなり、語幹が変化するものである。そもそも、単数主格で語幹のみとなるパターンには二種類あり、上記の三つの格変化のパターンと大体似ているものと、そうでないものがある。前者は、主格単数で-erという語幹をもつものであり、ここで取上げるものである。後者は、主格単数で-al, -arという流音幹をもつものであり、次に取上げるものである。それでは、前者のパターンの格変化を見てみよう。「大雨」を意味する「imber, imbris」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの各変化をする中性名詞
-, -is(語幹変化なし)
五つ目のパターンは、単数主格で語幹のみとなり、語幹が変化しないものである。「動物」を意味する「animal, animalis」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする男性名詞
- このパターンの格変化をする女性名詞
-e, -is
六つ目のパターンは、単数主格で-e、単数属格で-isとなるものである。これは、五つ目のパターンの亜種である。「海」を意味する「mare, maris」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする男性名詞
- このパターンの格変化をする女性名詞
子音型格変化
四つ目の型は、子音型の格変化である。先程、属格複数形が-iumとなるものをI型の格変化と呼ぶことを見た。これに似た格変化のパターンが幾つかあり、それらは属格複数形が-子音+umとなるので、子音型の格変化と呼ばれる。属格単数形では、-isという形になるが、これはI型と同じである。中性の語は独特のパターンを取り、その他の語は、語幹によって、流音幹(独:Liquidastämme)・鼻音幹(独:Nasalstämme)・黙音幹(独:Mutastämme)に区別する。
中性:-, -is(語幹変化あり)
一つ目のパターンは、中性名詞の格変化である。単数主格及び単数対格と、それ以外では、語幹の形が変化する。「体」を意味する「corpus, corporis」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする男性名詞
- このパターンの格変化をする女性名詞
流音幹:-, -is(語幹変化なし)
二つ目のパターンは、流音幹である。これには、単数主格とそれ以外で語幹の形が変わるものと、変らないものがある。まずは、語幹変化のないものを見よう。この場合、全く語幹が変化しないものもあるが、語幹の末尾のsが母音に挟まれてrとなるため、語幹が変化しているように見えるものもある。「愛」を意味する「amor, amoris」と「花」を意味する「flos, floris」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの各変化をする中性名詞
流音幹:-, -is(語幹変化あり)
三つ目のパターンは、流音幹のうち、語幹変化のあるものである。「父」を意味する「pater, patris」「母」を意味する「mater, matris」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする中性名詞
鼻音幹:-, -is(語幹変化あり、n語幹)
四つ目のパターンは、鼻音幹のうち、主格単数で語幹のみ、属格単数で-isとなるものである。これは、単数主格とそれ以外で語幹の形が変わる。そもそも、鼻音幹には、m語幹とn語幹があるが、ここで扱うのはn語幹である(m語幹については、次で扱う)。「ヒト」を意味する「homō, hominis」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの各変化をする中性名詞
鼻音幹:-s, -is(語幹変化なし、m語幹)
五つ目のパターンは、鼻音幹のうち、主格単数で-s、属格単数で-isとなるものである。これは、単数主格とそれ以外で語幹の形が変わらず、m語幹である。このような語は、「冬」を意味する「hiems, hiemis」しかない。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする男性名詞
- このパターンの各変化をする中性名詞
黙音幹:-s, -is(語幹変化なし)
六つ目のパターンは、黙音幹(破裂音の語幹)である。単数主格で-s、単数属格で-isの語尾がつく。語幹変化はないのであるが、語幹の末尾の子音と、単数主格の語尾であるが、口調の関係で表記が変わることがある。このため、語幹変化があるように見える。具体的には、
- c s=x
- g s=x
- t s=s
- d s=s
となる。これに対して、pとbについては、そのままとなる。それでは、実定法としての「法」を意味する「lēx, lēgis」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの各変化をする中性名詞
U型格変化
五つ目の型は、U型の格変化である。属格複数形が-uumとなることに着目して、こう呼ばれる。第四格変化と呼ばれることもある。属格単数形では、-uūsという形になる。単数主格が-usとなるパターンと、単数主格が-ūとなるパターンがある。
-us, -ūs
一つ目のパターンは、単数主格で-usとなるものである。「贅沢」を意味する「luxus, luxus」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの各変化をする中性名詞
-u(長音), -us(長音)
二つ目のパターンは、単数主格で-u(長音)となるものである。「角」を意味する「cornu, cornus」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの格変化をする男性名詞
- このパターンの格変化をする女性名詞
E型格変化:-es, -ei
六つ目の型は、E型の格変化である。属格複数形が-erumとなることに着目して、こう呼ばれる。第五格変化と呼ばれることもある。主格単数形・属格単数形では、「-es, -ei」という形になる。この一パターンしかない。「こと」を意味する「res, rei」を例に挙げて、格変化を示そう。
呼格は、主格と同形である。
- このパターンの各変化をする中性名詞
不規則な格変化
domus, domus(長音)
長音は、O型とU型の入り混じった不規則な格変化をする。
呼格は、主格と同形である。地格(家で)は、domiである。「家に」は対格を、「家から」は奪格 (domo) を用いる。
形容詞(adiectum)の格変化(declinatio)
代名詞の格変化(declinatio)
人称代名詞の格変化
下記に人称代名詞の格変化を示しておく。「is, ea, id」については、指示代名詞に含めることもあるが、現代語の「er, sie, es」や「he, she, it」に相当する働きをすることから、ここでは人称代名詞の一つとして扱っておこう。
再帰代名詞の格変化
再帰代名詞は、主語を受ける代名詞である(このため主格はない)。ドイツ語の再帰代名詞に属格はないし、奪格に至っては格自体がそもそも存在しないが、ラテン語の再帰代名詞には属格も奪格も備わっている。ドイツ語と同じく、性の区別はない。
seseは、主として雅文に用いられる。
指示代名詞の格変化
指示代名詞というと「近称 (questo/questa, dieser/diese/dieses, this)/ 遠称 (quel/quella, jener/jene/jenes, that)」と思いがちであるが、ラテン語ではやや異なる。律儀なことに、ラテン語には、指示代名詞にも一人称、二人称、三人称がある。そもそも人称とは何かを考えてみると、一人称とは話し手がテーマであるということであり、二人称とは話の相手がテーマであるということであり、三人称とは、話し手でも話し相手でもない何者かがテーマであるということである。そう考えると、指示代名詞に一人称、二人称、三人称があってもおかしくない。つまり、一人称の指示代名詞は話し手の身近にあるものを指し、二人称の指示代名詞は話し相手の身近にあるものを指し、三人称の指示代名詞は、話し手にとっても話し相手にとっても身近でないものを指す(直接にその人を指すわけではないので、一人称「的」などという)。このような指示代名詞のあり方は、現代ではスペイン語に残っている(一人称:este/esta、二人称:ese/esa、三人称:aquel/aquella)。
その他、同一性を示す指示代名詞と指示形容詞がある。これは、「idem」(同じ)と「ipse」(自身)である。ドイツ語に訳せば、それぞれ「derselbe」と「selbst」になり、要するに同一性を表すのだと分かる。idemについては、三人称の人称代名詞にdemをつけたような格変化をする。ipseについては、二人称・三人称の指示代名詞の格変化の型と同じである。
関係代名詞・疑問形容詞・疑問代名詞の格変化
関係代名詞・疑問形容詞・疑問代名詞は、互いに格変化が似ている。まず、関係代名詞と疑問形容詞の格変化は全く一緒である。次に、この二つと疑問代名詞であるが、男性については単数主格が、女性については単数主格・単数対格・単数奪格が異なるが、その他は一緒である。
- 男性
- 単数主格は、関係代名詞と疑問形容詞でqui、疑問代名詞でquisとなる。
- 女性
- 単数主格は、関係代名詞と疑問形容詞でquae、疑問代名詞でquisとなる。単数対格は、関係代名詞と疑問形容詞でquam、疑問代名詞でquemとなる。単数奪格は、関係代名詞と疑問形容詞でqua、疑問代名詞でquoとなる。
- 中性
- 単数主格・単数対格は、関係代名詞と疑問形容詞でquod、疑問代名詞でquidとなる。
不定代名詞の格変化
脚注




